NOMIのジビエ
ジビエに取り組むきっかけ
全国的に問題となっている有害鳥獣による農産物被害。
僕らが狩猟を始めた理由はそこからです。
自分たちの農作物を守りたい。
最初はその一心で食材としての魅力に気づいたのは随分後になってからでした。
ぼくたちの農場は有機農業から出発し、肥料と作物の関係について深く考えるうちに自然農法へと移行していきました。その後、鶏卵を得るため鶏を飼う機会があり、植物と肥料の関係と同じように飼料と家畜の関係も考えるようになりました。
農場ではレストランも運営しているためスタッフは食材に関してなみなみならぬこだわりがあり味覚も敏感です。
鶏を数年飼育し観察するうち、飼料により卵や鶏肉の味が濃くなったり生臭くなったり大きく左右されることに全員が気づきました。
さらに飼料だけでなく鶏舎の大きさや飼う家畜の密度、季節、水など突き詰めて行くと野菜も家畜も自然環境に近づけるほど病気などのリスクが減り結果として品質も向上。
その時頭に浮かんだのが野生動物や山野草。
人間が肥料や飼料を与えているわけでもないのに必要な時に自ら必要なものを必要なだけ摂取し、その姿は美しくまさに健康そのもの。
これはもしかすると自然農法の作物と同じように食材としても理想的ではないのか。
そういった想いから私たちのジビエ研究が始まりました。
「できるだけ美味しく」を理念に
僕の一番大切なものは自分の命です、お金がなくったって、食べ物がなくったって、何にもなくったって、命があれば、次があります。その、「これだけあればいい」という、一番大切なものをもらうわけです。命をもらわない事が、正義だとも、感謝したから殺していいとかはあまり思いませんが、そうするからには、食べた人がその食材に対して、本当に、美味しいなぁとか、嬉しいなあとか、そこに注意を向けてほしい。
少しでも多くその命をいただいている対象に感謝や、感動や、次につながる何かを抱いてほしい。
それが、もらう対象に報いる事なんじゃないかなぁと思うのです。鹿や、猪にとどめを刺すときはよくそういうことを考えています。
だからこそ、生け捕り、であり、くくり罠であり、熟成であり、瞬間冷凍なのです。
一般的なジビエの認識とは
ジビエというと一般的には
- クセが強い
- 獣臭がする
- 硬くなりやすく調理が難しい
など
一般的な食肉にくらべ食べにくいイメージがありますが本当でしょうか?
答えはその通りです。ともいえますしいいえ違います、ともいえます。
クセの強い食べにくいジビエというものは確かに存在します。
しかしそれは獲る時期を間違えていたり屠殺時の血抜きが不十分、屠殺から解体までの時間が長すぎたりという不適切な処理が原因です。それは牛肉や豚肉などの食肉も同じで処理が悪いと一般的な食肉でも当然味は落ちます。
僕たちは農業を始める以前に料理することが先だったため、料理する上で先ず大切なのは食材選び。
良い食材なくして美味しい料理はできません。
ですので、僕らの食肉加工施設は「自分たちが食材として使うなら」というところが出発点。
福知山三和町
僕らの住んでいる福知山市三和町は人口約3400人、それほど積雪の多くない典型的な里山です。水が良いのと適度に寒暖の差があり、お米は美味しくできます。
量は少ないですが三和ぶどうは味が良いということでちょっと有名。
丹波栗発祥の地が実は三和町という説もあります。
雑木山の中にはその丹波栗の原種ともいわれる柴栗が多く自生しています。
柴栗というのは実がとても小さい栗で皮むきがたいへんで歩留まりが非常に悪く、農産物としてはある意味失格。しかしとても美味しいので一昔前は地元の人が自分達で食べるために好んで山へ入り収穫していたのですが、過疎となってさらに忙しい現在、そんな柴栗を収穫する人はほとんど居なくなってしまいました。
そんなおいしい柴栗、人間が食べなくなった分、山のイノシシがお腹いっぱい食べていることは間違い無く、この辺りのまるまる太った冬のイノシシの脂がとても甘くて美味しいのはそんな理由があるのではないかと僕たちは思っています。
有害駆除について
全国的に野生動物による農作物被害が深刻になりほとんどの地域で「有害鳥獣駆除」と称して猟期以外の時期にも狩猟が行われています。有害駆除は捕獲するだけで猟師に報奨金が支払われるため食用を前提とした捕獲をせずそのまま埋設や焼却など全く利用されずに捨てられている場合も多くあります。
日本の場合、歴史的に狼が絶滅して以来食物連鎖のバランスが崩れ天敵のいなくなった鹿などが増えすぎ農産物に被害を及ぼすようになったと思われます。
そのバランスを取り戻すためにとにかく駆除しなければという考え方はわからないでもないです。
しかし人間から見て有害鳥獣といえど命は命畜産などでもアニマルウェルフェアという観点や病気予防のための過度な消毒など飼育方法などで様々な問題が浮かび上がっています。
現在になって、人間が何もしなくとも野山が育ててくれるという自然の恵みを生かさない手は無いと思うのです。
それを生かそうと思うのはやはり「もったいない」という気持ちからです。
しかし僕たちの場合、食べようと思えば食べられるのにというレベルではなくこんなに美味しい素材食べないで焼却してしまうなんてどうかしている!くらいに思っています。
欧米では最近グラスフェッドビーフという高級肉が人気です。
グラスフェッドというのは草を与えて育てるという意味で、牛は4つの胃を持つ反芻動物なので本来なら草しか食べません。大豆やトウモロコシなどの穀類は人間が良かれと思ってあたえていますが実際にはうまく消化することができません。穀類などを与えると脂肪がつくなど食味が増すといわれていますが牛も本来消化できないものを食べつづけると病気にかかりやすくなり結局抗生物質の投与など余儀なくされるという悪循環に陥ります。
やはり生き物にとって本来食べるべきものを必要なだけ食べるというのが一番良いのでしょう。
そういう観点からみると野生の鹿は自然の草を食べ必要なだけ食べ自由に野山を駆け回ることで健康そのものいわば究極のグラスフェッド。
人間が作ることのできない素晴らしい食材僕たちはそう思っています。