熟成に必要なATP(アデノシン三リン酸)

僕たちの熟成に関する考え方ですが、
「食肉を適切な温度と湿度で熟成すると旨味成分が増える」
という現象にはATP(アデノシン三リン酸)が深くかかわっています。

この理屈は高級鮨店などこだわった魚を扱う料理人の間ではよく知られていることで、ATPというのは生き物の活動を支えるエネルギー分子で熟成されるにつれてこの成分が酵素によって分解されてゆき旨味成分へと変わってゆきます。

つまりこのATPが多く含まれているほど熟成により旨味が増すということになります。

このATPはエネルギー源なので動物が運動すると当然失われてゆきます。
そして餌を食べて運動を休むと失われたATPが新たに生成されそれを繰り返すことで生命は維持されていきます。そのため一度死んでしまうと新たにATPは生成されません。

銃で仕留められる獲物は銃で撃たれる前に猟犬に追われていますし、罠にかかった獲物は罠から逃れようと暴れています。その間にその獲物のATPはかなり失われているはずです。興奮して全身の毛細血管にまで血も回っていることでしょう。

仮にATPを80消耗したとすると残りは20、ここで屠殺してしまうとその後新たにATPが生成されることはないため最後に残った20のみが熟成時旨味に変わることになります。

さて生け捕りの場合はどうでしょう。

季節によりますが僕たちは生け捕りした獲物を12時間から24時間休ませます。冬は毛布をかけてやり、夏は竹やぶなど涼しい場所を選び、快適な環境で休ませることで全身に回っていたであろう血液も正常に近いくらいに落ち着きATPの回復も促します。100パーセントとはいかずとも70パーセントほどは回復するのではないかと思います。

そうしてから屠殺することでATPの含有量を増やし速やかな血抜きも可能になり、結果臭みがなく熟成後に旨味の多い肉が出来上がることになると考えています。

熟成庫

熟成方法ですが厨房機器メーカーではないエスペックというメーカーが独自に開発した高精度な温湿度運転が可能な熟成庫を使用し、非常に衛生的な環境で熟成肉を作っています。

エスペックはもともと自動車の排ガスセンサーなど、非常に精度の高い検査機器などを作る会社であるため庫内の温度維持の精度が他社製品が比較にならないほど高いのが特徴です。

導入前、デモ機で2度にわたり熟成肉を作らせていただき食味の向上など実際に効果が確認できたため導入を決定いたしました。

エスペックでは全国からジビエを含め様々な肉が持ち込まれ熟成のテストがおこなわれており、デモ機の担当者からは「ジビエは熟成中に独特の獣臭がたってしまうことがあるのでジビエは熟成には不向きかもしれない」と少々不安になるアドバイスもいただきましたが、我々が生け捕り精肉した生肉を持ち込んだところ担当者さんが先ずその生肉の匂いのなさに驚かれ、さらに2週間熟成した後にも全く獣臭はたたず一緒に試食していただきましたがその味わいと柔らかさは過去には無いものとの素晴らしい評価をいただきました。